Seat warming story 《1》2006/11Seat warming story 《1》「うゎ~。凄い人」 揺は映画館のロビーでそうつぶやいた。 11月30日・・・今日は『夏物語』の韓国上映の初日。 映画館は平日にも関わらず多くの人で溢れていた。 日本語がそこここから聞こえる。 日本からの「夏物語」狙いの彼のファンだろうか。 急に連休の取れた揺は誰にも連絡せずふらっとソウルを訪れていた。 「え?完売?」 ソウル劇場とCGVのあまりの混雑ぶりに気後れし揺が立ち寄ったのは 「中央シネマ」 意外にいつでも空いているのだと以前彼に教えてもらったことがあった。 窓口に行き訊ねると各回満席状態。 唯一最終回の上映のチケットは取れるらしい。 「じゃ、それを一枚」 揺が手にしたのは22:50のチケット。 「嬉しい悲鳴だわ」 揺は微笑んでそうつぶやくと大切そうにチケットをバックにしまった。 「時間・・・余っちゃったな・・」 揺は今度の旅。最初からビョンホンに連絡をとるつもりがなかった。 当然忙しいのはわかっていたし。 急に彼の映画を観たくなった。 観られればそれで充分だった。 それだけで何も考えず飛行機に飛び乗った自分にちょっと呆れる。 「えっと・・・まず敵を知れかしら。」 おもむろに窓口に戻る。 「愛する時に話すこと 一枚」 時間を潰そうと彼女が手にしたのは同じメロでライバル映画と言われるハン・ソッキュ主演作品のチケット。 「17:45の回か・・・。そして今は・・・・15:30・・・」 揺は大きくため息をついた。 「そうだホテル取らないと」揺は思い出したようにソウルの街に向かって歩き出した。 「ビョンホンssi凄い人気ですよ。」 事務所のスタッフが興奮して会議室のドアを開けた。 「頼まれたチケットなかなかとれなくて・・もうほとんど満席なんですよ。遅い時間になっちゃったんですけど」 そういうと彼は一枚のチケットを差し出した。 「サンキュー。無理言って悪かったね。後ろの方取ってくれた?」 「バッチリです。」 そう答えるスタッフに彼はにっこりと笑いかけた。 「恒例のあれですか?好きですね。相変わらず。必ず初日に一般の映画館に覗きに行くなんて」 打ち合わせをしていたスタッフが呆れたように笑った。 「俺はこの日の興奮を忘れられなくて俳優を続けているようなもんだから。観客の反応を見るのがたまらなく刺激的なんだ・・・」 ビョンホンはそういいながらタバコに火をつけた。 ゆっくりと煙を吐きながら夕暮れに染まったソウルの街を窓から眺めた。 前売り調査の結果も良好で前評判は上々だった。 数字は気にしていない・・・その言葉は本当でもあるが・・・嘘でもある。 より多くの人が自分の作品を見てくれると嬉しいというのが正直な気持ちだった。 映画の出来には自信があった。 「人事を尽くして天命を待つってところかな」彼はそっとつぶやいた。 「じゃ、早く終わらせちゃおうか」 ビョンホンはそういうと椅子に腰掛けタバコの火を灰皿に押し付けた。 「ここかぁ~」 揺はもう日が落ちかけて暗くなった明洞聖堂に立っていた。 21:00まで開放されていることもあってこんな夕暮れ時でも観光客が多い。 ミンチョルがヨンスにプロポーズした像の前に立つ。 そういえば彼とソウルの街中を歩いたことはない。 きっとこれからも並んで歩くことはないかもしれない。 揺はふとそんなことを考えていた。 彼の顔が大きく描かれたショッピングバックを抱えた観光客が入れ替わり立ち替わりマリア像の前で記念撮影をしている。 「あの・・・撮ってもらえますか」 たどたどしい韓国語で一人の女性に声をかけられた。 「ネ」何故か韓国語で答える揺。 カメラを返し彼女が持っていたショッピングバックにふと目をやる。 (今頃彼は何をしているのだろう) 揺は携帯を取り出しメールを打ちながら聖堂の中に向かって歩き出した。 「映画公開おめでとう。評判も上々なようで何よりです。今夜は寒くなりそうだから風邪引かないでね。あしたの舞台挨拶・・滑らないように 揺」 送信・・・。 揺がふと目を上げるとそこには見事なステンドグラスが広がっていた。 その見事さに揺は息を呑んだ。 二人で見られたらきっともっと美しいに違いない。 美しいものを見ると彼にも見せてあげたいと思う。 美味しいものを食べれば彼にも食べさせてあげたいと思う。 彼とは一緒にいる時間が少ない分その想いは強い。 でもこのステンドグラスは・・見たことあるわね。きっと。 揺はソウルいち有名なステンドグラスを眺めながらひとり自分の想いに苦笑いをした。 「映画公開おめでとう。評判も上々なようで何よりです。今夜は寒くなりそうだから風邪引かないでね。あしたの舞台挨拶・・滑らないように 揺」 打ち合わせが終わった後、ビョンホンは揺からのメールが届いていることに気がついた。 「滑らないように・・って」その文面を見て彼はふっと笑った。 (あいつらしいな) 「ヒョン、食事行きましょう。」 スタッフが呼んでいた。 ビョンホンは返事を打つ途中で携帯を閉めスタッフの待つエレベーターに飛び乗った。 ジャンル別一覧
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